聴覚障害学生とその他の学生がともに参加できるディスカッションの検討

聴覚障害学生の高等教育機関での修学上の困難として、グループワーク(以下GW)のように、

たくさんの人が同時に話すような場面では、聴覚障害学生は十分に参加できないことがあると

言われています。そこで、聴覚障害学生であっても聴覚障害学生でなくても、誰でもが議論に

加われるような方法について実践を通して考えてみました。

具体的には、大学のゼミの場面を使って、実際に実践してみました。

取り組んだことは、以下の4つです。

 

1.発言するためのボールをつかう

たくさんの人が一度に話すと、誰が何を話しているのか分からなくなってしまうので、話す人は

手をあげて、ボールをもらってから話すというルールを作ってみました。ボールの受け渡しがある

ことで、次はだれが話すのか、今誰が話しているのかを見てわかるようにしました。

ボールは多少投げても大丈夫なように、アメリカの教育現場でよく使われている

クッシュボールというものを使ってみました。

 

2.司会者役を決める

ボールを管理する司会者役を設けました。司会者は発言権を求めた方に1.のボールを渡し、

指名をします。また、ディスカッションが白熱した際にボールなしに話してしまうことがあった

場合、ルールの徹底を行います。さらに、議事を随時整理することも行い、意図的にポーズを

発生させ、情報支援の入力補助や聴覚障害学生の状況を助けることをめざします。

 

3.丸いテーブル

四角いテーブルを大勢で囲むと、横の人が見えないことがあります。なので、参加者全員の顔が

見えるように、また、全体の状況がわかるように四角いテーブルから丸いテーブルにしました。

 

4.発表の事前エントリー

発表を事前エントリー制に変更し、資料の事前提供をしました。

資料はサイボウズというグループウェアにワード形式等でアップロードします。印刷は各自が

行ってくるというルールにして、参加者の自主性をうながします。ディスカッション前から内容に

ついて把握しておくことで、専門単語や会話の流れがわかりやすくなるようにしました。

 

ルール設定にあたってやってみたこと

日本アイ・ビー・エムの取り組みを参考に、Card-Sort TLXという尺度を使って、参加者が

ディスカッションにどのくらい労力を費やしたのかを測定してみました。Card-Sort TLXには

①精神的欲求、②身体的欲求、③時間的欲求、④努力、⑤フラストレーション、⑥作業成績と

いう項目があります。①から⑥のそれぞれの項目に1から100までの点数を付けます。次に、①から

⑥でどの順番に大変であったか、順位を付けます。このようにして、費やした労力を測定しました。

今回の実践では1から4の取り組みを行う前と、取り組みを行った後の結果を比較しました。

また、これとは別にA5サイズのシートを配って、毎回取り組みについて感想を記入してもらいました。

 

取り組みの結果



聴覚障害学生
聴覚障害学生以外の参加者
心的負担の項目
取り組み前 取り組み後
取り組み前 取り組み後
精神的欲求
70.0 48.4
41.9 50.5
身体的欲求
50.4 40.3
40.1 46.9
時間的欲求
50.0 46.7
35.5 42.4
努力
63.6 44.7
43.3 48.7
フラストレーション 52.6 45.2
44.2 43.9
作業成績 43.6 45.9 41.7 43.8






単位(%)

取り組みの結果です。まず、上の表をみてください。

取り組み前では聴覚障害学生の労力の平均が各項目で50を越えていたのに対して、取り

組み後は40台と少なくなりました。一方で、聴覚学生以外の参加者の平均が取り組み前

よりも5項目において微増していました。

 

この取り組みによって、聴覚障害学生はグループディスカッションに参加しやすくなったとも

いえます。理由としては、取り組みによってディスカッションのスピードがゆっくりになったことで、

取り残されなくなった、また心理的にも余裕が生まれたなどが考えられます。聴覚障害学生の

感想からも「発言権の管理によってペースがゆっくりになり、内容が分からないことがなくなった」、

「ボールがあると誰に注目すればよいか解りやすい」などがみられ、ディスカッションから置き

去りにされにくく、取り組み前に比べディスカッションに参加できていることが分かります。

まだ詳しい分析中ですが、聴覚障害学生の発言数や、ツッコミの回数が増えました。

「発言する面白さを感じた」「司会を担当することで自分のペースに落とせる」といった

感想もありました。

 

一方で、聴覚障害学生以外の参加者の感想では、「ペースがゆっくりで時間がかかる」

また、「発言したい時に発言できない」などがみられました。ルールに縛られることで、少々

戸惑いがあったのかも知れません。

 

取り組みからわかったこと

一番注目したいのは、この取り組みによって、聴覚障害学生の労力と聴覚障害学生以外

の参加者の労力の差が縮まったことです。今後の課題として、ゆっくりにすることで、全員が

参加できる環境になっても、いいたいときに意見ができる、などディスカッション本来の性質が

失われすぎないようにしないといけません。今後の研究課題にしたいと思います。(鈴木)

 

本記事にかかる研究の一部は以下の学会で発表されました。

杉中拓央・原島恒夫・鈴木祥隆・田中佑一郎(2014)参加者に聴覚障害学生を含む
グループワークの運営に関する実践研究-メンタルワークロードと内省を中心に.
障害科学学会第9回大会発表論文集 ,9,23.

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