日本の高等教育機関の聴覚障害学生支援に対する担当教職員の問題意識

聴覚障害学生支援に対する取り組みのある高等教育機関の担当者に対し質問紙を配布し,

支援の実態について尋ねた。その結果,今日の聴覚障害学生支援は,従来の講義時の

情報保障,情報支援に加えて,聴覚障害学生の主体性の獲得等を支援する必要性が

意識されていることがわかった。その一方で,支援者の不足や,支援に対するノウハウの

不足が課題としてあった。今後はより教育機関の規模や性格にあわせた検討が必要である。

 

本調査の詳細は以下の文献に掲載されています。

杉中拓央,原島恒夫,鈴木祥隆,井口亜希子(2015)高等教育機関における

聴覚障害学生支援の実態.コミュニケーション障害学, 32(2),116-123 .

 

各教育機関ならびに箇所担当者の方に感謝申し上げます。

 

【文献等未掲載の補足情報】

日本の高等教育機関において聴覚障害学生支援を担当する教職員に対して、支援の

実施状況や、その考え方について、支援の現状に対する問題意識に係る設問を中心として

分析した。オープン・コーディングによる分析の結果、各教育機関からは以下のような記述があった。

 

【人的資源の調整】

「現在、サポートが必要な障害学生が少ないので、登録してくれているサポートスタッフ

の活動の場も少なく、彼らのモチベーションの維持が課題である。(私立)」

「小規模大学は、一学科の定員が50名ぐらいのところも多く、ノートテイク等の支援者を

集めることが非常に難しい。一大学では限界があるので、大学間連携などで支援が

できるシステムの確立を望む(私立)」

「支援に関わる職員の身分が安定しておらず、数年かけて育てた職員が、契約の更新

ができないという問題が発生している。支援の質を維持していくためにも、雇用制度の

整備などを進めていく必要。(国立)」

「理系科目、大学院、ディスカッションなどがあり、情報保障の方法も柔軟な対応が

必要となる。ケースバイケースではあるが、より良い支援を模索したい。(国立)」

【学内の共通理解】

「聴覚障害学生支援の必要性について学内の教職員の理解度がまだまだ不足している。

合理的配慮の考え方を含め、教職員の理解を促す取り組みを行いたいが、現状のリソース

では限界がある(私立)」

「本学は総合大学であるがゆえに、情報の共有が困難であること、支援学生の理解は

得られやすいが、合理的配慮に関する教員の意識の低さが問題として挙げられる(国立)」

【卒業後を見据えた支援】

「卒業後を視野に入れた支援が重要である。社会に開かれた形で支援内容を工夫し、

当人を含む関係者や環境を育成していくことを意識する。(国立)」

「支援が充実すればするほど、社会に出たとき、特に支援がある就職先が少ないことや

しょうがい学生自身が支援を求めていく力が不足していること(私立)」

考察

支援に係る人材、人的資源の調整に関して多くの意見があった。雇用問題、支援体制の

確立と維持等さまざまであるが、とりわけ専門的科目への支援などは、合理的配慮の法的

要請が先行し、当該科目への知識が十分でない支援者が形だけ配置されるようなリスクを

孕んでいると言える。今後、合理的配慮の担保のために、学生支援者のほかにも支援者が

リクルートされていくことになろうが、総合大学等においては、専門性を持ち、今は家庭に

入っている卒業生の活用等が有効であると考える。

学内の共通理解も大切であり、上述したような合理的配慮の概念先行を防ぐためには、

学内の意識の深化が不可欠であると言える。また、社会的体験が不足しがちである

障害学生の卒業後を見据えた支援が必要という意見もいくつか見られた。このような視点は、

今後ますます見過ごされる可能性もあり、情報に対する配慮だけが支援でないことを留意したい。

 

内容

高校まで支援を受けてこなかった(必要を感じていなかった)学生が入学し、当初は

支援なしを希望したが、2-3日たち支援要請にきた。初等中等教育との質的及び

環境の違いを再認識した。(国立)

聴覚障害のある学生(4年次生)が、障害者枠であると言えども、大手企業の内定を

もらうことができた。該当学生は一般学生よりも努力した結果、本学のレベルではまず

内定を得ることができない企業への就職が決まった。その努力の成果もノートや筆記

対策の参考書を見れば一目瞭然であるが、学内の広報誌でも「仮に受験生が見て

聴覚障害学生が増えては困る」という考えの職員が多数いる。(私立)

教室が狭く、ソーシャルワークのロールプレイなども実施するため他の学生の迷惑に

なるからパソコンではなく要約筆記(テイカー1名)に変えてほしいと教員から直接

障害学生に申し出があり変更。(支援室に教員から連絡はなかった) 学生の希望

だけでなく授業の状況などを考えた支援も必要。(私立)

本人及び家族が求めていないが、担当教員から授業が聞こえていないのではと

申し出てきた。(私立)

支援を受けていた障害学生は、常に学生スタッフがついている状態で

授業を受けていたため、油断するこ

とができず、気疲れしているように見受けられることもあった。(国立)

突発性難聴の学生から特別な支援の申請があり、支援を開始。(障害認定となるか否かはボーダーライン

の聴力)本学生は専門的な専攻に所属し「実習」を行う必要があり、学部教員から実習という性質上、補

聴器をつけるよう指導があったが、本学生は補聴器使用を拒み、その板挟みとなり対応に苦慮した経緯が

ある。(最終的には学生の意思を尊重し、補聴器はつけずに実習を行うことになった。(公立)

情報保障の制度を活用することは、聴覚障害学生の権利の一つであるが、権利のみを主張しすぎるあまり、

周囲の支援学生とコミュニケーションや人間関係がうまくいかなかったり、教員の理解が得られないこと

があった。どんなにすばらしい取組であっても一方が勝っている関係ではうまくいかない。(国立)

同じ等級の聴覚障害でも生育歴や家族構成、又、先天性か後天性か等によってコミュニケーションのとり

方が全く違うのだと知ったこと。この様な事を学内で知ってもらう機会を増やしたい。(私立)

専門用語の多い授業、語学などではテイクする側も、聞き慣れない言葉が多く苦労する。速くたくさんの

情報を提供することに重点をおくと誤字、脱字も増える。聴覚障害学生が間違いをそのままノートに書

き写しているのを見た時に、テイクする側がより正確な情報を提供することはもちろんだが、障害学生

自身にも文章を読みとり、理解する力が重要であると感じた。(私立)

授業担当者から、支援学生の入室を拒否されたこと。そのように、周りに、理解を得ていくことがなかな

か難しい。今後、合理的配慮の提供が必須となるため、理解啓発がいっそう求められる。(国立)

成績不振で退学した学生がいた。保護者から「聴覚障害があるが何らかのフォローなどあったのか」の問

合わせ。学生からは毎年健診後に学生生活で困り事はないかを確認し「特にない」との返答をうけていた。

成績不振が学力の問題なのか聴力障害があることによるのか。判断、対応の難しさを感じた。(私立)

昨年卒業した学生で、ろう学校出身学生が「手話通訳をつけてほしい」との希望があったが、予算の都合上配置が難しい状態にあった。合理的配慮に基づく支援+3年後の障害者差別解消法により、この問題を解決せねばならない。各大学での合理的配慮のボーダーゾーン(私大は努力義務となっていることもあり)は、どのような段階を経て決定されるのか情報を得る機会が欲しい。(私立)

健常者のカリキュラムを支援によって受講させているのが現状であるが、可能なら障がい学生の特性に合

わせたカリキュラムを作ることができれば、より効果的な教育をほどこすことができるのではと期待して

いる。一部の系統立ったプログラムで語学教育を代替するなど。(国立)

学生も在籍したりしていなかったりということもあるため、スキルの継続、ノウハウの蓄積の難しさがあ

る。本学では学生が在籍していない間もテイカ―を要請していく余力がないのが現状である。(私立)

 

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