そんなわけでこうなりました03-スイミング(小学校時代その2)

小学校時代、私はいくつかの習い事に通っていた。

そして、習い事の先生達には難聴のことを伝えていなかった。

音声での受け答えが一通りできていることで、表面上のやりとりはスムーズ

だったのかもしれないが、今思うと、その裏で、気付けなかった小さなコミュ

ニケーションのズレはいくつも生じていたように感じる。

そんな中、「これは聞こえなかったから分からなかったんだ」と、当時の

自分でも自覚できた数少ないエピソードがある。

 

何年生の頃だったか忘れたが、通っていたスイミングスクールで進級テストが

行われた。種目を選び、タイムを計測し、基準のタイムをクリアすれば1つ上の

級に上がれるというものだ。

 

プールサイドに集まると、いつもの練習とは流れも雰囲気も違うことを感じ、

「テストかな」と気付いた(もっとも、先生はちゃんと説明はしていたと思うが、

聞こえていなかったのだろう)。

 

「いつテストが始まるんだろう…」とおどおどする私の周りで、同じ級の子達が

先生の机の前に並び出し、1人1人、先生に何か言い始めた。当然、何を

言ってるのか分からないのだが、とりあえず皆にならって列に並ぶ。すると、

私の3~4人前の子達が、「クロール」「背泳ぎ」などと先生に伝えている

のが分かった。何の泳ぎの名前を言えば良いのか分からないまま、私の

番になった。とっさに「平泳ぎ」と言った。

 

そうこうしているうちに、全員がプールサイドの反対側へ行くように指示された。

まもなく、先頭の男の子2人が泳ぎ始めた。25m先の先生はストップ

ウォッチを持っている。「あ、テスト始まったんだ」と気付いた。

気持ちは焦る一方だ。

 

あっという間に私の番になった。スタートの合図が出るまで、水中で待機する。

待機中、先生がいつスタートの合図を出すのか分からず、スタートの合図に

気付けるかどうか不安でいっぱいだった。しかも待機の時間が長く、心配に

なった私は一緒に泳ぐ隣の子に、「先生ってスタートって言った?」と

恐る恐る聞いてみた。隣の子は「分かんない…」と返してきた。

気持ちだけが先走って、先生はスタートと言ったものだと思い込み、とうとう

私達は泳ぎ始めてしまった。

 

必死で泳ぎ切り、壁にタッチする。プハッと顔を上げると、少し怖い顔をした

先生が「先生まだスタートって言ってないよー。はい戻ってー。」と低い声で

言った。隣のコースを見ると、一緒にスタートした子は既にスタート位置に

戻りかけている。どうやら、泳いでいる最中に先生はストップの声掛けを

していたようだ。でもそれは私には聞こえるはずもない。

シュンとしながらスタート位置に戻った。

 

すぐに再スタートが始まる。ここでもう1つ、私が不安を抱いていたのは

「どの種目を泳げばいいのか」。先に泳いでいた子達を見ても皆、種目は

バラバラ。私は何を思ったか背泳ぎでスタートした。もう一度、全力で泳ぐ。

ゴールして先生を見た途端、先生が怒鳴った。

 

「お前は平泳ぎだろがー!!!」

 

そこでようやく気付いた。テストの前に1人ずつ先生に伝えていたのは、

自分がテストで何の種目を泳ぐのかだったということを。

周りの子たちはみんな不思議そうな顔で見ている。恥ずかしくて泣きたくなる

気持ちをこらえながらもう一度スタート位置に戻った。

一生懸命泳いだ平泳ぎはタイムをクリアして合格したけれど、ちっとも

喜べなかった。

 

後日、このやりきれない思いを1人で抱え込むのが嫌になり、こっそり

妹たちに打ち明けた。「先生の言ってることが分からなくて怒られちゃった…」

すると妹たちはすぐに母に報告した。

母から「そんなことがあったの?」と聞かれた私は正直に「うん」と答えるしかない。

 

その次のスイミングの日、母は私たちと一緒にスクールに行き、先生に事情を

説明すると言った。受付で先生を待っている間、私はもう、いてもたってもいられず

トイレに逃げ込んだ。そして母が先生に事情を説明している間、ずっとトイレに

隠れていた。子どもながらに、先生に対して申し訳ない気持ちがいっぱいだった。

 

すぐに練習が始まる。なんとなく先生と顔を合わせるのは気まずくて先生と顔を

合わせるのを避けてしまった。すると先生の方から私のそばに来て、「こんな

大事なことはちゃんと言わないとダメだよ」と優しく声をかけてくれた。そして、

練習前の説明を終えた後には、「分かった?」と聞いてくれた。私はただただ、

先生の申し訳なさそうな顔がとても辛かった。

 

誰も悪くないし、誰も責められない。

誰にも気付かれないまま積もっていくコミュニケーションのズレは、解消される

ことなくやがて明るみに出てくる。その時、自分は聞こえにくい・聞こえない

のだという現実に直面する。

 

聞こえる人たちとの生活の中で、聞こえにくさを補おうと、自然と上手く状況を

読み、推測しながら環境に適応していく力もついてくるが、それだけでは

やはり不完全なのだ。当時、軽・中等度難聴にあたる私だってそうだった

のだから、聴力の重い軽いに限らず、その不完全さにぶつかることが当たり前

なのだろう。

 

今回はあまり楽しい話ではけれど、難聴をもつ子どもの複雑な心情をありありと

伝えたかった。もちろん一概に「こう!」とは言えないけれど、難聴児、特に軽・

中等度難聴児に起きやすい状況の1つとして、知っていただければ幸いである。

 

 

とある当事者の画像とある当事者のプロフィール

20代。(おそらく先天性の)両側進行性感音難聴である。 難聴が発覚したのは、

小学校2年生の時。発覚時の聴力は、右耳が90dB,左耳が45dB程度。そこから

徐々に聴力が低下し、2014年時点では、右耳が115 dBスケールアウト、左耳が

90dBである。ろう学校への通学経験はなく、大学を卒業後、医療系職の資格

取得を目指して専門学校へ進学。その後、障害に関わるお仕事をしている。

 

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